今からおよそ1300年前に奄美大島で生まれた大島紬。世界的にも類を見ない独自性のある絹織物として知られています。独特な風合いや艶、緻密な絣の上品な美しさ。シワになりにくくしなやかな着心地。多くの魅力であふれる大島紬はまさしく日本最高峰の絹織物であり「いつか着こなしてみたい!」と憧れる着物ファンも多いはず。今回はそんな大島紬についてくわしくご紹介します。
大島紬ってどんな着物
奄美大島の自然を写し取った絹織物は渋みのある風合いが印象的!
九州から南西に約380km、沖縄との中間地点に浮かぶ奄美大島。マングローブの原生林や紺碧の海などが広がり、亜熱帯の自然がとても美しい島です。大島紬はそんな豊かな環境の中で育まれました。泥や草木で染め上げる生地、ハブやハイビスカスなどをモチーフにした柄など、ほかの着物にはないユニークな魅力がいっぱい。また、大島紬といえば繊細な絣文様が有名ですが、こちらも奄美の自然や生活に密着した道具などを図案化したものが多く、独特の文化に触れることができます。美しい絣文様と光沢を持つ本場の大島紬は、ゴブラン織(フランス)、ペルシャ絨毯(イラン)と並んで世界3大織物に数えられ、国内外問わず高く評価されています。
また、見た目だけでなく、着心地も抜群!大島紬の生地はとても丈夫で裏表がなく、長時間着ていてもシワになりにくいという特長があります。使えば使うほど肌に馴染んでゆき、着崩れにくい紬になっていくという不思議な性質も兼ね揃えています。その上とても軽く、さらりとした肌触りなので、1日中着用しても疲れません。通気性と保温性にも優れており、複数のシーズンで快適に使えます。
大島紬の歴史
古くから大変おしゃれな着物として愛されてきた大島紬。いつ生まれどのように発展していったのか、その歴史を迫ってみましょう。
■奄美大島の豊かな自然の中で誕生
大島紬の発祥については諸説ありますが、鹿児島県では奈良時代以前から養蚕が行われており、手で糸を紡いで紬を作っていたようです。紬は奄美大島に自生する車輪梅(テーチ木)を使って草木染めされており、それが大島紬の最初ではないかといわれています。はっきりとした記録は734年、東大寺や正倉院の献物帳に記された「南の島から赤褐色の紬が献上された」という文言が最古のものとして知られています。
■大島紬が珍重されるようになった江戸時代
江戸時代初期、大島紬は真綿から糸を紡いで植物染料で染め「地機(じばた)」と呼ばれる原始的な織機で織られていました。この頃はまだ現代のような絣柄はなく、無地または縞柄のみで、主に島民が着用するために作られていました。しかし1609年、薩摩藩が琉球王国と奄美大島を攻略し、支配下に置くようになったことで状況が一変。島民は厳しい税が課せられ、圧政に苦しむことになります。一方、大島紬はその品質があまりにも高かったことから、江戸幕府にまで評判が伝え及んだそう。江戸時代の浮世草子作家、井原西鶴の「好色盛衰記」という作品には、「黒羽二重に三寸紋、紬の大島の長羽織」と当時の粋人たちの装いが記されており、珍重されていたことが分かります。1720年には薩摩藩が「紬着用禁止令」を発令。これにより大島紬は島民が着用するものから、薩摩藩へ献上する絹織物として立ち位置を変えます。この際、反発した島民が薩摩の役人に見つからないよう田んぼに大島紬を隠したという言い伝えがあり、この黒く染まった着物こそ大島紬の要となる「泥染め」の起源だともいわれています。
■大島紬が発展した明治時代
明治時代に差し掛かると、島民たちはようやく薩摩藩の支配から解放され、大島紬の生産も活発に。鹿児島県をはじめ、大阪などの市場でも多く取り引きされるようになりました。そして1883年、奄美大島出身の永江伊栄温氏により画期的な織機が開発されます。それが「高機」です。従来の「地機」は扱う際に全身の力を要する上、引き方を誤ると糸が切れたり折り目が揃わなかったりと、効率の悪さも目立っていました。そのためなかなか織り手が育たず、需要があっても生産が追いつかないという課題を抱えていました。「高機」はこれらの問題を大幅に改善し、大島紬の飛躍的な生産に貢献したのです。さらにその後、永江伊栄温氏は締機による織締絣という手法を生み出し、より精緻に絣を表現できるようにしました。この大発明によって大島紬の人気はますます高まっていきました。
昭和の頃には、「白大島」や「色大島」、絣に色を挿していく多色使いの「摺り込み染色法」や「抜染加工法」など、さまざまな染色技法が誕生。そして1975年、大島紬は国の伝統工芸品に指定され、その地位を確かなものにしました。
大島紬の着用シーン
長い歴史の中で唯一無二の価値を示してきた大島紬。質の高い生糸を原料に、30以上ある工程のすべてを人の手でこなすため、完成までに半年から1年もの時間を要します。このことを考えると高額なのも納得です。そして「せっかく良いものを買ったのなら、たくさん着用したい! 」と思いますよね。ここからは大島紬の着用シーンについて解説します。
■紬はおしゃれなお出かけ着
いつもより少しおしゃれして外出する際に紬は最適です。博物館や美術館へお出かけする時、クラシックコンサートや歌舞伎を鑑賞する時、食事会、同窓会やお茶会などの集まり、街歩きなどに着て行くと大変粋に見えます。一方、結婚式や入学式など格式高い場に着て行くには不向き。いくら高級といってもおしゃれ着の位置づけなので、TPOは守りましょう。
■特に春や秋に着るのがおすすめ
「春の大島」といわれるように、なめらかで少し涼感のある絹の風合いは春先にぴったり。似たような気候の秋に着るのもおすすめです。夏に着たい場合は、「夏大島」と呼ばれる夏着物を選ぶと良いでしょう。強い撚りがかけられた糸で織られており、薄くてシャリ感のある生地になっていて快適です。
大島紬の代表的な色や柄を紹介
2021年7月、ユネスコ「世界自然遺産」に登録された奄美大島。大島紬にはその豊かな自然のエッセンスが随所に散りばめられています。大島紬ならではの色や柄を見てみましょう。
大島紬の色
■泥大島
本場の奄美大島紬といってまずイメージされるのがこちら。車輪梅(テーチ木)から煮出した赤い染料に浸けて干した絹糸を、鉄分たっぷりの田んぼの泥で染めます。美しい漆黒が特長です。
■白大島
ほかの織物とは一線を画す、シャキッとした明るい爽やかさが魅力の白大島。春や夏にぴったりなイメージです。白い生地にはやさしい風合いと光沢があり、お顔映りが良く見えて年齢を重ねた方にも大変おすすめです。どんな色の帯もマッチするので、さまざまなコーディネートが楽しめます。
■色大島
黒白以外の色をベースに作られたものを色大島と呼びます。大島紬といえばベーシックな渋めのカラーが特長的ですが、色大島の中には明るく華やかな色合いのものもたくさんあります。多色のグラデーションで遠近感や空間性を表現したものは息を呑む美しさ。伝統的なものからトレンド感のあるものまで幅広いデザインが揃います。
■藍大島
泥染めの地糸に藍で染めた絣糸を使用した大島紬。化学染料で染めたものを藍大島、天然藍で染めたものを生藍大島と呼び分けることもあります。染色方法の違いによって、藍の色味や風合いが異なります。凛とした美しさがあり、男女ともに人気です。
大島紬の柄
■龍郷柄(たつごうがら)
大島紬を代表する古典柄。奄美大島に自生するソテツの葉とハイビスカスの花、ハブの背模様をモチーフにしています。この柄が生まれたのは江戸時代の末期。薩摩藩から「奄美大島らしい柄を考案せよ」と命じられた図案師が月夜に庭を眺めていた際、一匹の金ハブが背模様をきらめかせながらソテツの葉に乗り移ろうとしたのを見て思いついたといわれています。この柄が生まれた場所が奄美郡龍郷町だったことから龍郷柄と呼ばれるようになりました。熟練の職人しか織ることができない希少な柄です。
■秋名バラ
龍郷柄とともによく知られているのが秋名バラです。バラは奄美大島の方言で竹の網かごを意味します。秋名バラは竹で編んだ「サンバラ」というザルを図案化したもので、龍郷町秋名地区で生まれました。黒を基調にした落ち着いた雰囲気の中、格子柄の中の十字が良いアクセントに。シャープな幾何学模様がモダンな印象です。
■西郷柄
西郷隆盛にちなんだ柄で、男性用の大島紬の最高峰といわれています。遠目には無地に見えますが、近くで見ると細かい格子に絣柄が緻密に織り込まれていることが分かります。名づけられて100年以上経ちますが、今なお色褪せない格調とデザイン性の高さが自慢です。男性のおしゃれを演出する最高の柄として愛されています。
■亀甲柄
六角形を組み合わせた亀の甲羅のような柄。西郷柄と同じく男性用で、凛々しい雰囲気を備えています。
■花
南国に咲く花を図案化したもの。
■星
夜空に燦然と輝く星の光をイメージしています。
■ガシチ(ウニ)
トゲトゲのウニを大胆に図案化。
■カザモーシャ
カザモーシャとは子どもたちのおもちゃである風車のこと。静止と回転それぞれからイメージを膨らませ文様に。
■サンゴ
枝サンゴをベースにした柄。
■ソテツバ
ソテツの葉がモチーフ。鋭く直線的な印象です。
■ヒジキ
ヒジキとは製織で使用される杼(ひ)という道具のこと。長短の横線を組み合わせた文様。
■トンボ
昆虫のトンボをイメージ。一つトンボや二つトンボ、動いている姿を表現したものなど、いくつかバリエーションがあります。
大島紬に合わせる帯
紬は普段のお出かけに使う着物。帯もそれにならった格のものを合わせるのが基本です。どんな帯を選べば良いのかチェックしてみましょう。
■名古屋帯
まず一番間違いないのが名古屋帯です。帯幅が広く、お太鼓や角出しなどの上品な結び方ができます。少し華やかに装いたい時には、ボリューム感のある飾り結びにするのも◎。名古屋帯は汎用性の高い帯なので、1本持っておくと大変重宝します。
■半幅帯
よりこなれ感のある着こなしを楽しみたい方には半幅帯もおすすめ。名古屋帯の半分の幅の帯で、文庫など軽やかで若々しい結び方が楽しめます。帯幅がせまい分、結びやすく自由なアレンジをきかせやすいのが魅力です。リーズナブルなものも多いので、複数本揃えてコーディネートによって使い分けやすいでしょう。
■しゃれ袋帯
袋帯の中でもおしゃれ感重視のデザインで、普段づかいに適した帯です。フォーマル向けの袋帯は古典柄で金糸や銀糸を多用したものが多いですが、しゃれ袋帯にはそういった特徴はなく、自由なデザインが楽しめます。
まとめ
いかがでしたか。今回は日本を代表する絹織物の1つ、大島紬についてくわしくまとめました。奄美大島の豊かな自然の中で生まれ、独自の進化を遂げてきた大島紬は、ほかの着物にはない趣であふれています。「さり気ない普段のおしゃれをとびきり贅沢なものに見せてくれる」、そんな着物をお探しの方に大島紬はぴったりです。ご購入の際はぜひ山正山﨑へご相談ください。