愛知県豊橋市で振袖や学生服・学校用品、着物、七五三衣装を取り扱う(株)山正山﨑「お知らせ」ページです。

お知らせCOLUMN

2023.12.08
着物

みちのく米沢 新田の紅花染展のご案内

新田の歴史

5代続く歴史の重みを感じて

時代はさかのぼり1767年(明和4年)上杉藩主「上杉鷹山」によって貧窮にあえいでいた米沢藩の財政立て直しの政策が行われました。武士も農民と一緒に田を開き畑を耕し布を織る…米沢織の始まりです。200年以上経った今でもここ米沢に地場産業として鷹山公の精神とともに受け継がれています。

江戸時代、新田家は武士の家でした。米沢藩では前述の通り武士が機に向かいました。1884年(明治17年)「袴の新田」機屋がはじまりです。その後、機屋3代目新田秀次とその妻富子が途絶えていた紅花の復興に力を注ぐようになります。日中は家業の機屋、夜は紅の染色という毎日です。5年後にやっと江戸末期の花嫁衣裳の紅色を染め上げることに成功しました。4代目英行はここから生まれる「紅花染」と「植物染料」の重ね染めによって自然の美しい不変の色を表現し続けています。現在は5代目新田源太郎氏が独自の新しい感性で着る人にやすらぎや喜びを感じてもらえる紬織を創作しています。

紅花染

美しい色合いの「紅花」に思いを馳せて

山形県の県花に指定されている「紅花」。エチオピア原産と言われており6世紀頃にシルクロードの行路にて日本に伝来しました。江戸時代に全国の紅花生産出荷量の6割以上といわれていた最上紅花は最上川中流域にある山形県村上地域を中心に栽培され、日本一の紅花産地に成長しました。紅花染で染められた紅はとても高価なものとされ大変な高級品でしたが、明治時代に化学染料の輸入により徐々に衰退していきました。しかし「紅花」の歴史を繋いでいきたいと現代も山形産の最上紅花にこだわり昔ながらの技法で紅花染を作り続けているのが新田家です。米沢織の織を専門とする工房では染場を持たないことが多いが、新田の工房では織だけでなく染の作業から一貫した織物つくりをして自分たちでイメージした姿に近づけることが出来ます。5代目の祖父母が開発し米沢を代表する紅花紬。その美しさをご体感ください。

12/15(金)~12/18(月)新田の紅花染のみどころ

機屋創業137年の現代を支える5代目新田源太郎氏。西陣の老舗帯屋で基礎を学び2005年から家業に入って現在に至ります。日本工芸会新人賞をはじめ数々の賞を受賞、日本工芸会正会員でもある新田源太郎氏ご本人が4日間来場します。ここでしか聞けない貴重なお話、ここでしか見れない美しい作品の数々をお楽しみください。